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東京地方裁判所 昭和58年(刑わ)549号 判決 1984年4月11日

主文

被告人福田狂介を懲役三年に、被告人中村嘉幸を懲役一年六月にそれぞれ処する。

被告人福田狂介に対し、未決勾留日数中八〇日をその刑に算入する。

被告人中村嘉幸に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。

差戻前第一審における訴訟費用は被告人中村嘉幸の負担とし、差戻前控訴審における訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(被告人らの経歴)

一  被告人福田狂介は、昭和三〇年三月大学卒業後、実父の主宰する防共新聞の編集や右翼活動に携わり、昭和四六年一一月実父死亡後、防共新聞社社長に就任して同新聞を主宰しながら、企業等から購読料、賛助金を得る一方、昭和四四年ころから、株式会社大丸百貨店東京店の食堂の一部門、中山競馬場、東京競馬場内の大丸食堂を担当する八重州食品株式会社(以下、単に「八重州食品」という。)の経営に共同代表者として参画し、昭和四九年ころには、社長として、経営の一切を取り仕切つていた。なお、同被告人の実兄福田進は、右翼、総会屋として全国的に活動している防共挺身隊隊長であるとともに、会社の暴露記事等を載せる雑誌「躍進ニツポン」を発行している。

二  被告人中村嘉幸は、昭和二六年三月大学卒業後、株式会社三井銀行に入社し、日本橋通り町支店長等を経て、昭和四八年四月、株式会社東京相互銀行に入社し、融資部長等を経て、昭和四九年二月銀座支店長、同年五月取締役兼銀座支店長に就任したものである。

第一  恐喝関係

(犯行に至る経緯)

一  八重州食品は、被告人福田が経営に参画した当時、約六〇〇〇万円の累積負債があり、昭和四九年九月期の決算では、売上一億七五〇〇万円に対し、営業利益六九一万円余を出したが、右負債により約四二〇〇万円の次期への繰越欠損金を生じ、早期に黒字に転換できる見込みがない状況であつた。また、被告人福田は、個人的資金の回収不能等の事情が重なつて、昭和四九年当時、街の金融業者等から多額の借金をし、その借金の返済に窮すると、手形、小切手を振出して街の金融業者等から高利で割引いてもらつたり、高利を払つて振出手形の書替をしてもらつたりして、その日暮らしの金策を繰り返すうち、いわゆる自転車操業状態に陥り、同年二月、被告人福田名義の常陽銀行東京支店の当座預金口座で不渡を出して取引停止処分を受け、八重州食品名義の港信用金庫三光町支店の当座預金口座も不渡を出しかねない事態に至つていた。そこで、被告人福田は、資金繰りに利用するため、昭和四九年春ころ、平田雅弘(差戻前の第一審共同被告人)の紹介で、株式会社東京相互銀行銀座支店(以下、単に「東相銀座支店」という。)において、また同年八月上旬ころ、埼玉銀行東京支店において、当座預金口座を開設しようとしたが、いずれも信用調査等の結果断わられて当座預金口座の開設に失敗し、同年八月ころ、埼玉銀行に対し、取得した株式の分割請求をして、いやがらせをし、口座を開かせようとしたが、同銀行が幹事総会屋の亀卦川清(差戻前の第一審共同被告人)に依頼し、亀卦川が被告人福田の実兄福田進を介して、分割請求を取下げるよう要請して来たため、被告人福田はやむをえずこれに応じて右請求を取下げた。亀卦川は、埼玉銀行の一件もあつて、被告人福田の当座預金口座開設の強い希望をかなえてやろうと考え、幹事総会屋をしている東相銀座支店に赴き、同支店支店長中村嘉幸に対し、八重州食品の当座預金口座の開設及び同食品への融資を依頼したが、中村が、既に前記口座開設を断つた経過もあり、これを拒否したため、中村に対し、面目をつぶされたとして悪感情を抱くに至つた。なお、昭和四九年一〇月初旬ころ、前記「躍進ニツポン」誌上に、東京相互銀行は、得意先に対して、同銀行の関係者が経営しているゴルフ場の会員権を、支店窓口で販売している旨の記事が掲載され、右記事が次号以降も続く様子があつたため、これを知つた同銀行本店が問題視し、同月一七、八日ころ、幹事総会屋である亀卦川に対し、右「躍進ニツポン」を主宰する福田進に、その連載をやめるよう交渉してほしい旨依頼していた。

二  前記平田雅弘は、暴力団関係者であり、かつ総会屋として全国的に名前の通つている谷口勝一の番頭格の者で、亀卦川とも総会屋の関係で親しく交際していたものであるが、東相銀座支店において、中村が同支店支店長に就任した前後を通じて、同支店のミスにつけこみ、融資をさせたり、いわゆる看做し扱いをさせたりしていたものであるが、被告人福田は、昭和四八年八月ころ、銀座のクラブ経営問題の仲裁を依頼されたことから平田を知り、同人と交際を続けるうち、同人に請われるまま、右クラブの経営資金として、八重州食品振出の港信用金庫三光町支店支払の手形、小切手を貸し与え、平田が東相銀座支店に右手形、小切手を振込んで自己の決済資金の手当としていたところ、昭和四九年一〇月一九日、東相銀座支店係員が、平田の持込んだ右八重州食品振出の小切手一通(額面二〇〇万円)を紛失する事故を起こした。

三  被告人福田は、同月二一日、右小切手紛失事故を知つたが、同日、中村の要請を受けた平田から、小切手を紛失したので再発行してほしい旨依頼された際、かねてより資金繰りに窮していたこともあり、これを機会に右東相銀座支店のミスにつけこみ、同支店の支店長らを脅し、融資名下に金員を出させようと決意し、同日夕方、平田が八重州食品事務所を訪れた際、平田に対し、「東京相互はたるんでいる。これを機会に当座を開いてもらつて五〇〇〇万円の融資をしてもらうよ」と自己の右意図を打ち明け、平田は、被告人福田の右意図を察知しながら「そうだ。銀行ともあろうものが客から預かつた小切手を紛失するなんてとんでもない。俺が亀卦川さんに言つて圧力をかけてもらつて金が出るようにする」と応答していた。平田は、翌二三日夕方、亀卦川に電話で右小切手紛失事故の事情、被告人福田が怒つている事実を連絡したが、亀卦川は、被告人福田の右意図を察知しながら、被告人福田に前記埼玉銀行の持株分割請求問題で借りがあり、また前記八重州食品の東相銀座支店の当座預金口座開設問題で中村からその開設を拒否されて面目をつぶされた事情もあつて、同月二四日、同支店に赴き、中村に会つて、右小切手紛失事故の責任を糾したが、中村が右事実の処理に甘い見通しを持つていることに立腹し、「このままでは済まない。明日午後二時ころ、平田と再び来訪する」旨言い残して同支店を退出した。

被告人福田は、平田らと連絡して、同月二五日午後二時ころ、東相銀座支店二階ロビーにおいて、平田、亀卦川と落合い、その席で亀卦川に対し「亀卦川先生、今日はいろいろお世話になります。小切手を銀行でなくしたことは重大なミスですから私がこれから少し脅かします。後は宜しく頼みます」と挨拶し、亀卦川及び平田は、被告人福田が小切手紛失問題を種に中村支店長を脅し、無理矢理に八重州食品に融資させようとする意図があることを知りながら、ともども同支店長室に赴いた。

(罪となるべき事実)

被告人福田は、亀卦川、平田と共謀の上、昭和四九年一〇月二五日午後二時ころ、両名とともに、東京都中央区銀座六丁目六番九号東相銀座支店支店長室において、中村に対し、被告人福田において、腕組みをして、中村をにらみつけながら、語気荒く、「小切手を銀行で紛失したのに、自分の責任をのがれようとして、平田に責任を負わせようとしたり、ケーキ一個でごまかそうとしたりして、なんだ。一体銀行の責任はどうなつているんだ」「実損がなければ、銀行は問題にしないのか、これは重大な銀行の責任問題ではないのか」「支店長、支店長権限で貸出せる額は、最高でいくらだ」「五〇〇〇万円融資してくれ、担保なんか後だ」などと申し向け、平田において、「支店長、福田さんは、小切手の件では、えらい迷惑をしたんだよ。それにもかかわらず、黙つて小切手を再発行してくれたんじやないか。この際、福田さんの要求はすんなり飲むべきでしよう。融資くらいのことは当然でしよう」などと申し向け、更に、被告人福田、亀卦川において「この問題以外にも、東京相互は不正問題があつて、たたかれている。福田さん、あんたのところで出している躍進ニツポンが、ゴルフ場の不正問題をたたいているが、この話がまとまつたら、この際、次の記事の方を取り消してくれないか」「あれは、俺が自由にできない。責任者は俺の兄貴だ。しかしながら、話によつては、俺が兄貴に話してやつてもいいぞ」と問答した上、被告人福田において、「それじや、とりあえず三〇〇〇万円ということでどうだ」と迫り、中村が「お約束できる最高額は一五〇〇万円です」と答えるや、語気を荒げながら、「何だと、たつた一五〇〇万円か、そんなもんだつたら融資なんかいらねえで」「よしわかつた。帰るしかない。しかし、この問題は、このままでは済まさないぞ」などと言い放ち、捨てぜりふを残して被告人ら三名はその場から退席したが、頃合を見て亀卦川において、一人で、支店長室に戻り、中村に対し、「支店長、さつきは大変だつたろう。融資を頼みに来た者があのような失礼な態度をとつたことについて本当に申し訳なかつた。しかし、銀行側でも小切手紛失といつた重大な落度があるし、福田達はあのようになかなかうるさい連中なんだ。ここで何とか融資に応じてやつた方が無難ではないか。株主総会も迫つていることだし、どうだろう、俺が融資額一五〇〇万円で福田を納得させてやろう。但し一つ条件がある。それは福田に対し、これを初回として今後も融資の相談に応ずることにしてくれ。どうだ」などと申し向け、被告人福田が右翼活動に従事している者であり、亀卦川が東京相互銀行の幹事総会屋であり、平田が暴力団関係者で、かつ、総会屋であることを知つている中村をして、もし被告人福田ら三名の右融資の要求に応じなければ、前記小切手の紛失問題あるいはゴルフ場の不正問題を被告人福田の実兄福田進が発行している暴露雑誌「躍進ニツポン」に掲載して世間に公表し、あるいはこれらを同年一一月に開催予定の東京相互銀行の定時株主総会の質議に付して右総会を混乱に陥れるなどして、同銀行の信用並びに業務にいかなる危害をも加えかねず、かつ、中村の支店長としての進退問題にまで発展しかねないものと畏怖させ、よつて、同人をして、八重州食品に対し一五〇〇万円を融資しかつ将来にわたつて継続的に融資の相談に応じることを確約させた上、同年一一月九日、東相銀座支店に八重州食品株式会社代表取締役福田恭介名義の当座預金口座を開設させ、中村の命を受けた同支店係員を介し、貸付金名下に、右預金口座に、同月一一日に四九四万二八九二円、同月二五日に九五四万八九九六円をそれぞれ入金させ、もつて、右金額相当の財産上不法の利益を得たものである。

第二 特別背任関係

(犯行に至る経緯)

一  被告人福田は、前記第一罪となるべき事実記載のとおり、昭和四九年一〇月二五日、平田らとともに被告人中村を脅迫して、八重州食品に対して一五〇〇万円を融資するとともに、将来にわたつて継続的に融資の相談に応じることを約束させた後、翌二六日以降連日のように東相銀座支店(以下単に「銀座支店」という。)を訪れ、融資の実行を求め、北海道余市所在の山林や大田区田園調布所在の宅地等の登記簿謄本を持参してこれらを担保物件として提供しようとしたが、被告人中村から、それらの物件が遠方であることや、先順位担保が存することなどを理由にそれを拒絶されたため、業を煮やして、被告人中村に対し、「担保が悪いとばかり言うな。当座をまず開いてくれ」と強く要求し、同年一一月九日、前記第一罪となるべき事実記載のとおり、八重州食品の当座預金口座を開設させた上、右口座に一〇万円を入金し、さらに同月一一日には、銀座支店において、被告人中村に対し、「支店長、当座は設けて貰つたが一〇万円の金ではどうにもならない。支店長が融資の確約をしてくれたから当座を組んだんだ。融資を実行してくれなければ当座を利用できないので今日はどうしても一〇〇〇万当座に入れてくれ。担保はあとだ」などと要求し、同人をして、一五〇〇万円の融資を実行するまでのつなぎ融資として五〇〇万円の貸付を実行させ、利息分を差引いた四九四万二八九二円を右口座に入金させたうえ、即日五〇〇万円を右口座から引き出して費消してしまつた。次いで被告人福田は、同月一五日、銀座支店では従前から平田に対し看做し扱いをしており、前記恐喝の翌二六日からは、決済資金はおろか見合いの他店券も全く入金することなく交換呈示がされた小切手等を決済することを何度か強要されてこれに応じていたことを引き合いに、八重州食品振出し(いわゆる自振)の九五万円の小切手を見合いにして九〇万四一〇八円の他店券過振り(手形、小切手が支払い呈示されたとき、当座預金残高を超過するにも拘らず、受入れた決済未確定の他店券を引当として払戻記帳を行なうことをいう。以下単に「過振り」という場合、他店券過振りを指称するものとする。)を要求し、「融資する約束をしておきながら、いつまでも融資しないから折角当座を開いても思うように回転しない。早く一五〇〇万融資してくれ。そうすれば問題ないじやないか。平田にやつて俺の方は面倒みてくれないのか。二〇日までには必ず出してくれ」と強く申し向けたため、被告人中村も最終的に残り一〇〇〇万円の融資をした時点で清算すればよいという考えもあつて、已むなくこれに応じ、八重州食品に対する過振りを行なつたところ、同月一九日から二二日にかけて連日過振りに応ずるはめに陥つた。この間被告人福田は、被告人中村に対し、「担保、担保とばかり言うな。一五〇〇万の融資が前の約束なんだからすぐに実行してくれ」などと申し向けて残り一〇〇〇万円の融資を実行することを要求し、ついに同月二五日、山辺昌男所有の大田区田園調布本町三八番一二の宅地を先順位担保を抹消した上で担保物件とし、同人所有、大田区田園調布一丁目九番二所在の宅地・居宅を添担保とすることとし(いずれも設定は同月三〇日。)、被告人中村をして、残額一〇〇〇万円の融資の実行として利息等を差引いた九五四万八九九六円を前記八重州食品の当座預金口座に入金させた。

被告人中村としては、右融資の実行により、連続していた過振りは解消されるものと考えていたところ、右融資当日における八重州食品の口座に対する支払呈示手形・小切手の合計金額が当座残高を三〇〇万円超過していることを発見し、困惑したが、銀行において、一方で融資をしながら、同日、その相手の口座で不渡りを出すなどという扱いをすることもできず、已むなく、右三〇〇万円を看做し扱いとしたところ、被告人福田はその後も連日銀座支店を支払場所とする多額の手形・小切手を振出し、他方、現金の入金はほとんどしなかつたため、銀座支店では、これを契機に、八重州食品に対し連続して過振り処理をする事態となつていつた。

しかし、被告人中村は、右一五〇〇万円の融資について、本店の禀議決裁を受ける際、八重州食品の信用調査報告書に関し、右決裁が通り易い方向でその実態とやや異なる評価をした内容のものを提出して融資の決裁を求め、本店側では、小切手紛失問題も絡み、不承不承ながら右融資を稟議決裁したが、その際本店側の決裁条件として「先順位担保権の抹消とその担保物件の十分な管理、与信限度とすることの厳守」を銀座支店に求めていた。

二  当時、東京相互銀行では、各支店における過振り状況は、当座勘定過振り日報(以下単に「過振り日報」という。)に日日記載されて、各支店から本店審査部へ送付される扱いとなつており、銀座支店における八重州食品に対する過振り状況も過振り日報によつてその過振り発生金額が本店審査部に通報され、担当審査役竹田京二及び審査部長伊藤康正は、銀座支店の右過振り発生の金額を知るようになつていつた。

しかし、被告人中村は、八重州食品の営業実態や過振りによる被告人福田の資金運用実態を改めて調査し、その実態を本店に報告することもなく、同年一二月初旬、八重州食品に対する過振りが連続していることを右過振り日報で知つた伊藤審査部長から、「過振りをやめろ」、「手貸しに切替えろ」、「不渡りにしなさい」などと過振りの解消を求められたものの、不渡りにすると八重州食品が取引停止になつてロスにつながる、不渡りにするぞといいながら心理的圧迫を与えて過振りを解消していくのが、貸付に切替える等の方法よりもベターで、損害も少なくてすむなどと弁明して、過振りを続けていた。また、伊藤審査部長は、審査担当役員の松原茂専務に対して、昭和四九年一二月から昭和五〇年一月上旬にかけて、時々、銀座支店で、平田や八重州食品に看做しや過振りが連続してあるという簡単な報告をしていたに止まり、松原専務は右過振りの実態を把握することもなく、事態が推移して行つた。

三  被告人中村や銀座支店次長竹田義夫(以下単に「竹田次長」という。)は、被告人福田に対し、再三、過振りの解消を求めていたが、同被告人が同年一二月頃、「銀行には絶対迷惑かけない。過振りは一月中には無くす」旨釈明したり、昭和五〇年一月頃「二月初めにはなんとか解消する」旨返答したりするのみで、一向に過振りを解消しないため、被告人中村や竹田次長は、過振りがこのように連続してきたことに責任を感じるようになり、一方、この過振りが問題視されて自分たちの力量のなさを問われることを恐れ、何とか本店の手をわずらわせることなく処理できないものかと思い悩みながらも、適切な過振り対応策を立てないまま、漫然と過振りを継続し、この間、被告人中村は、本店審査部の伊藤部長などに対し、「一月中ごろまでには全部解消できると向こうが言つている」「大丸との取引関係もある」などと被告人福田の弁解をそのまま取り次いだり、同年一月一八日、二〇日と過振り額が一時的に減少したことを援用して、「こういうふうに交渉した結果減つてきましたよ。もう大丈夫です」などと本店側を安心させる報告をしたりしていた。

四  しかし、本店検査部による各支店の特別検査の一環として、同月二一日から二四日にかけて行なわれた銀座支店の特別検査の結果、その講評で、平田に対する連続看做し扱いや八重州食品に対する連続過振りが赤津芳伸、伊藤哲夫検査員らによつて指摘され、その早期解消を求められたため、被告人中村は、赤津検査員に対して、小切手紛失事件に絡んで已むを得ず看做し、過振り等が発生・連続したという事情を説明した上、この過振り等のことは既に本店に報告済みであること及び一月中に回収できる見込みである旨を述べて弁明する一方、平田に対する看做し扱いばかりでなく、八重州食品に対する連続過振りについても同時に、強く表現されて、本店常務会に報告された上、社長その他の役員及び審査部、事務部以外の各部長にまで回覧され、自己の面目が広く失墜することを恐れる気持ちもあつて、少なくとも連続過振りについては検査不備事項記録書の表現を緩和して欲しい旨要望するなどし、この結果、検査不備事項記録書には、平田の看做しについては、「平田に対する長期で多額なしかも連続の異常な看做し扱いがあり、その合計は、一九、四一八、二五〇円で、至急保全策を講ずる要がある」と指摘されながら、過振りについては、「見做と同じく常習の先が見られる。過振りについて今後厳重な指導を願いたい。」と記載されるにとどまつた。この検査報告として、同月二八日ないし二九日ころ、右検査不備事項記録書を見た酒井武本店検査部長は、同日、銀座支店に赴き、被告人中村に平田の連続看做し扱いについて事情を尋ねたところ、被告人中村は、「二〇〇万円の小切手の紛失をきつかけとして、取引先としては不良であつたものの、看做しに応じていた。四九年一〇月ころ、審査部と総務部にこのことを相談したところ単名手形貸付に切り替えて看做し額の増加をおさえるとともに、看做し額の解消を指示された。ただ手形貸付にすると平田が安心して弁済の長期化が予想されるので、不渡りにするということで圧力を加えられるところから、まだ看做しを手形貸付に切り替えていない」と弁明し、これに対して、酒井検査部長は、それは悪循環になるわけで、即刻看做し分を貸付に切替えて、それ以上の看做しを拒否すべき旨注意したが、被告人中村はすぐに態度を改める感じではなかつたため、正式に文書を出してでもこの看做し扱いをやめさせるべきであると考え、同月三一日、まず検査部見解として「銀座支店特定先の見做扱いについて」と題する書面を自ら作成し、審査担当役員松原専務と事故防止特別委員長梶浦専務にこれを見せ、即刻解消すべきである旨の指示を受ける形で両者の了解をとり、さらに、検査部長名で銀座支店宛に「平田雅弘に対する見做扱いについて」と題する勧告書を作成した上、銀座支店に赴き、これを被告人中村に手渡した。

なお、この平田の看做しについては、同年二月四、五日ころ、松原専務が被告人中村に対し、「平田の過振り扱いを早急に手貸に切替えて措置しなさい。連続過振りや看做し扱いは銀行マンとしてやつてはいけない」などと強く指示した結果、同月一五日、手形貸付に切替えられた。

五  被告人中村や竹田次長は、酒井検査部長から右勧告を受けた前後、同人から、平田の看做しと八重州食品の過振りにつき、「その後どうなつているか、もう一度事後検査に行くから」という電話を受けたことなどから、事後調査があるものと予想し、これに対処して、弁解の一手段とするため、同年一月末ころから、被告人福田を支店長室に呼んで、一時的でもよいから過振り額を減少させて欲しい旨依頼したところ、同被告人もこれを了承し、同年二月一日ころ、金融業者村本弘に二〇〇〇万円位の融資を懇請し、同月三日の過振り分の見合い小切手等が同月四日港信用金庫三光町支店に取立に回わつてきたのを、右村本から同日一六七〇万円の預手を港信用金庫三光町支店の八重州食品の当座預金口座に振込んでもらつて決済し、一方、右融資の見返りとして、先日付小切手等を右村本に差入れ、同日ないし翌日など直ちには右融資の大部分に対応する見返り小切手が銀座支店の八重州食品の当座預金口座に支払呈示されることのないようにした結果、同月四日、五日の支払呈示額が減少し、同月五日の過振り額は、二七二万六四〇八円にとどまる形となつた。しかしながら、右減少は右のような無理な方法での一時的減少であつたため、翌六日からは再び増加し始めることになつた。

その間、二月初旬、本店検査部伊藤検査員から銀座支店黒田預金副長宛に、事後の状況の確認の電話が入つたり、同検査員が帰宅途中、夜間営業中の銀座支店に立寄つた際など黒田副長に看做しや過振りの状況を聞いたりしたことから、被告人中村や竹田次長は、その後被告人福田に対し、「検査は終わつたが、本店から細かくチエツクされるようになつたので、この前のように一時的でもよいから過振りを減らして貰いたい」などと要求するようになつた。

六  当時、東京相互銀行では、同年一月中旬に、「東京相互長田社長の黒い全貌第一弾!」と題して同銀行社長長田庄一の事業経営を攻撃する記事を掲載した日本報道新聞(同月一五日発行)が同銀行の役員や支店長の自宅に配布され、続いて同年二月には、「長田庄一社長の不正をあばく」と題して、東京相互銀行は東陽相互銀行の株を銀行法に違反して取得している、長田社長は富士エースゴルフ倶楽部なる会社を虎ノ門にある東相ビル内に設立、役員を身内で固め、その会員権を融資をエサに取引先に押し売りさせている、同社長は行員の使い込み事件を大蔵省に報告しなかつた、などの内容の文書が同銀行関係者方などに配布されるいわゆる怪文書事件が発生し、これがまたいわゆる業界紙のとりあげるところとなり、同銀行内の内紛に起因したいわゆるブラツク・ジャーナリズムによる同銀行攻撃は同年五月ころまで続き、その間、同年三月二五日には、参議院予算委員会において工藤良平議員が東京相互銀行のゴルフ会員権販売問題とロイヤルゼリーを同銀行支店で販売している問題をとりあげて質問する事態にまで発展し、そのため同銀行内部には、経営危機との認識が広まると共に、行員相互間に不信感がみなぎる異常事態となり、役員らはその対応に苦慮し、直接対外折衝の任にあたる石田義雄総務部長等は、大蔵省に呼び出され深夜まで詰問されるなどかかる事態への対処に忙殺され、また本店審査部の松原専務らは、当時オイルシヨツクの影響で有力融資先が倒産したことなどの対応に忙殺される状態であつた。

そのような状況の影響もあつて、八重州食品の連続過振りについての対策に関し、被告人中村は、同年二月四、五日ころ、松原専務から本店へ呼ばれ、平田の看做しの手形貸付への切替えを指示された際、「八重州食品の方についても担保なりを入れるよう催促します」などと触れたに留まり、その前後に、本店からの帰宅途上、両者が車に同乗して連続過振りの話が出た際も、松原専務は「とにかく伊藤審査部長と相談して早く善処しなければいけませんよ」などと指示したに過ぎず、被告人中村の方から積極的に連続過振りの解消策について松原専務に相談したこともなく、一方松原専務もそのことについてさして重大な事態と認識しておらず、関心を寄せていなかつた。また、同年二月中旬、被告人中村は、本店へ出向き、石田総務部長のところへ赴いたが、「平田の過振り分については、手貸しに切替え解決できますが、八重州食品の福田の過振りについてなかなか入金してくれず困りました。それでも遅ればせながら見合い他店券も決済され、なんとか回収できますから」と話をしたにとどまり、石田からは「あの連中は相手が悪いから早く回収した方がいいですよ」と注意を受けたのみで、具体的対策等何ら協議することなく終わつた。そして、以後、三月末になり過振り額が一億円近く膨れあがるまで、松原や石田は、被告人中村から、過振りの状況等についてほとんど報告を受けないまま経過した。

七  被告人中村や竹田次長は、八重州食品に対する過振りが一五〇〇万円の融資の絡みで発生したものの、右融資に際し本店側からその融資条件として前記のとおり与信枠を設定されていた事情もあり、右融資に際し行なつた八重州食品に対する信用調査の結果などから、八重州食品及び被告人福田の資金繰りが火の車ともいうべき状況にあることを知つて、当初からその過振り解消能力に強い危惧の念を抱き、本店側との対応に苦慮していたが、適切な過振り解消策を立てないまま、これを継続しているうち、同年二月中旬になると、被告人福田が、その言葉に拘らず一向に過振りを解消しないことや、一日だけの減少でさえ困難であり、まして、零にはできないこと、金貸しから融資を受けて急場をしのいでいることなどから、同人が過振りを解消することはもはや絶望的であると判断し、このまま過振りを続けるだけでは自分達の無策を追求されることになることを恐れ、その弁明のため、被告人福田から担保を徴求することとし、被告人福田に対し、何でもよいから担保を持つてくるように要求するとともに、本店審査部を訪れ、伊藤審査部長に「やつぱり、これはだめなんじやないか。担保をとつて貸付に振替えなければだめなんじやないか」などと相談をもちかけていたが、同月一四、一五日と一旦支払呈示金額が減つたにも拘らず、翌一六日支払呈示金額が再び増加し始めたことを知つた際、被告人中村、竹田次長は、被告人福田及び八重州食品に過振りを解消する能力がないことを明確に認識していた(その直後、同月二〇日には、被告人福田から、資金の調達が間に合わないとして、不渡りを避けるため、見合いとして差入れた小切手等の依頼返却を求められるに至り、翌二一日には、三〇〇万余の現金を入金する旨、さらに、以後支払手形等を回わさないようにする、已むを得ず回わつた場合も、その日のうちになるべく現金を入金する旨約束したため、これに応じて依頼返却の手続をとり、二一日依頼返却された小切手等を同日再入金するという手段をとつたところ、その後も連日のように同様の依頼返却の手続をとることを余儀なくされ、しかも、その依頼返却分に対応する現金入金も必ずしもなされず、他の小切手等で入金されることさえも数少なく同一小切手を再入金する事態が続いていくこととなつた。)。

(罪となるべき事実)

被告人中村は、昭和四九年五月三〇日から昭和五二年一〇月四日まで、東京相互銀行の取締役銀座支店長として同支店の行なう貸付及び預金業務の全般を処理統括し、同行のため忠実にその職務を遂行すべき責務を有していたもの、竹田義夫は昭和四九年六月一五日から同支店貸付担当次長として、被告人中村を補佐し、主として貸付業務を統括処理する立場にあつたものであるところ、前記の如く、銀座支店の八重州食品代表取締役福田恭介名義の当座預金口座には小切手等の決済資金が不足していて他に決済資金のあてもなく、八重州食品あるいは被告人福田から確実な担保の提供もなかつたのであり、八重州食品及び被告人福田の資金状態からして見合い他店券の決済も覚束ない状態であつたのであるから、右当座預金口座への支払呈示手形・小切手につき他店券過振りの方法で決済すると、その立替金が回収不能となつて同銀行に損害を与える虞れが極めて大であつたにも拘らず、同人らは相談の上、連続して過振りに応じてきてしまつていたものであり、かつ、従前の経緯等からして、昭和五〇年二月一八日ころには、八重州食品及び被告人福田には過振りを解消すべき資金力が全くないこと及び被告人福田の資金繰りの態様からして過振り額が増大していくことが十分予想されることを認識していたのであるから、かかる場合、銀行支店長及び同次長としては、それまでの対応の誤りを率直に認めて損害の拡大を防ぐため直ちに過振りを承認することを打切る方策をとるべきであり、従前の経緯、被告人福田の人物やその背後関係、当時の東京相互銀行を取り巻く状況等に照らして、過振り打切りによる被告人福田らの報復行動があつた場合の影響等を危惧したのであれば、銀行全体として対応を誤ることのないよう、直ちに被告人福田及び八重州食品に関する詳細・厳密な信用調査をした上、その資金繰り、営業実態、従前の経緯等を本店関係各部課及び上司に積極的かつ詳細に報告し、客観的には絶望的なその経済状態を適確に知らしめた上で、過振りを継続することが極めて危険な状態であつて、直ちに過振りを打切り、当座取引を解約し口座を閉鎖するなどして債権を確定させるべきである旨具申して相談し、報復行動に対する対策も含めた事後措置をも協議し、直ちに過振り打切り措置を積極的に図るべき任務を有していたにも拘らず、被告人中村、竹田次長は、ともに、かかる連続過振りの処置が問題化して、自分達の面目、信用が失墜することを恐れるあまり、断固とした処置をとることを躊躇し、前記任務に反することを認識し、かつ結果的に東京相互銀行に損害を発生させる一方、被告人福田及び同人の経営する八重州食品の利益となることを認識しながら、あえて、被告人中村らがその任務に反して連続して過振りに応じてくれていることを認識しながら連日のようにこれを要求する被告人福田の過振り要求を拒絶することなく、その要求に応じることによつて同人と意思を相通じ、右三名共謀の上、昭和五〇年二月一八日から同年四月五日までの間、前記任務に反し、別紙一覧表記載のとおり(但し、番号7、18、25、39を除く。)合計三六回にわたり、いずれも東京相互銀行銀座支店において、右当座預金口座に支払呈示された手形・小切手につき、実質的当座預金残高を超え、見合い他店券につき未だ決済がなされていないにも拘らず支払いをする他店券過振りを被告人中村において承認することにより、別紙一覧表過振り金額欄記載の金額を立替払いして、合計二億一五六四万八〇五四円を八重州食品に不正に貸付け、もつて東京相互銀行に右貸付金額が回収不能となる危険を生じさせる財産上の損害を与えたものである。

(証拠の標目)(省略)

(特別背任罪の成立を認めた理由の補足説明)

第一  被告人中村関係

一  被告人中村の弁護人主張の要旨

被告人中村の弁護人は、被告人中村は、本件連続過振りに当つて、任務違反はなく、かつ図利・加害目的もなかつたものであるから、本件特別背任の事実につき無罪である旨差戻前第一審以来終始主張しているところであるが、その主張の具体的内容は、概ね次のとおりである。

本件一連の過振りは、被告人中村が昭和四九年一一月被告人福田らから脅しにより合計一五〇〇万円の融資を余儀なくされた事件との絡みで発生したものであり、かつ当時東京相互銀行は、ブラツクジヤーナル等により銀行内紛問題、社長の私行問題が取り上げられて攻撃を受けたり、国会で銀行関与のゴルフ場問題が取り上げられたりする等、いわば内憂外患の状況にあつたものである。右事情の下で、被告人中村は、既存の一五〇〇万円の債権回収の安全を確保し、かつ、過振りを中止し、八重州食品振出の支払呈示小切手等を不渡りとして八重州食品を取引停止処分に追い込んだ場合、ブラツクジヤーナルに通じる被告人福田の当然予測される報復措置及びこれに伴う銀行の信用・名誉の失墜という事態の発生を回避しながら、過振りの解消をはかる最善の手段・方策として、右翼暴力団防共挺身隊隊長の実弟であり、いわゆる企業ゴロである被告人福田の個人的資金調達・操作能力による過振解消を信じ、かつ期待した上、過振り分を直ちに手形貸付等の固定的な債権に切り換えることは弁済を長期化させ、また、融資を求める被告人福田の思うつぼにはまることになつて得策ではないと判断し、不渡りを出すことによつて八重州食品が大丸等に食堂を出しているその商権を失うことを恐れる被告人福田の弱味をつきながら、早急に過振りを解消するよう要求していたものであつて、漫然と過振りを続けたのではなく、また、昭和五〇年二月中旬になり、被告人福田の過振り解消能力に不安を抱くようになつてからは、この際担保を徴求した上で手形貸付に切替えるのが最善と考え、担保設定が完了するまでの期間、被告人福田が担保設定に協力するように過振りを継続させたものである。したがつて、被告人中村は、その段階その段階で専ら本人たる銀行のために最善の方策を採つたのであつて、そこには任務違反はなく、また当然のことながら図利・加害の目的もなかつたものである。

二  当裁判所の判断

被告人中村が本件特別背任について、有罪である理由は、本件犯行に至る経緯、本件罪となるべき事実の各項で判示したとおりであるが、弁護人の右主張との関係で、特に付加すべき事項に関し、以下補足して説明することとする。(以下、「本件連続過振り」とは、罪となるべき事実記載の昭和五〇年二月一八日から同年四月五日までの過振りを指称し、「本件一連の過振り」とは、昭和四九年一一月一五日から昭和五〇年四月五日までの過振りを指称し、本件連続過振りを内包するものとする。)

1 本件一連の過振りの問題点

(一) 過振りの意味・内容については、判示認定のとおりであるが、要するに、他店券過振りは、自行に入金された他の銀行等を支払場所とする手形・小切手の決済が確定しておらず、未だ資金化していないにも拘らず、これらの他店券(見合い他店券)を引当として払戻記帳を行なうものであつて、短期的とはいえ格別担保を徴することなく与信を行なうことになるのであり、見合い他店券が決済されず不渡返却されるような事態になればそのまま無担保の立替金債権だけが残ることになつてしまうことから、銀行側としてはそのような事態が発生することのないよう、仮に万が一見合い手形が不渡りとなるようなことがあつても過振り分を直ちに補填しうるように、相手方の信用、資金状況等を十分にチエツクした上で、極めて例外的な場合にのみ行なうべきことは当然の規範である。東京相互銀行においても、昭和四四年七月一五日事牒甲第三〇号「当座勘定過振り報告(日報)の制定について」で、当座勘定過振りは原則として行なつてはならない規定になつており、たとえ支店長が取り上げ已むなしと認める場合であつても、当座過振りが発生した場合は、決済日まで連日報告書(日報)をもつて融資部長経由事務部長まで報告することを義務付け、非拘束定期預金、その他預金によつて万一不渡りの場合はいつでも補填しうる状態にあることや相手先の信用状態および保証人、ならびに担保余力等を充分勘案のうえ行なうこと、二日以上に亘つて連続して決済できない場合は報告書作成と同時に支店長は即座に融資部長または事務部長宛電話で取扱い事情を説明して指示を受けることなどの留意事項を定めている。本件は、かかる無担保貸付の実質を有する他店券過振りを長期間に亘り、連日行なつていたものであり、しかも見合い他店券はそのほとんどが過振りを要求している当の相手方が振出人となつている、いわゆる自振り他店券であつて決済の見込みに重大な危惧があるものであつたことなど異常な態様といわざるを得ない。したがつて、被告人中村がかかる異常な過振りを連続して行なつたこと自体、支店長としての任務に違背があつたものと推定するに足るものというべきであろう。

(二) しかし、本件連続過振りは、判示第一認定のとおり、東京相互銀行銀座支店の八重州食品に対する融資について、被告人中村が同銀行銀座支店長として脅しによつて融資を余儀なくされた被害者の立場、被告人福田が脅しによつて融資を受けた加害者の立場にそれぞれあつた者の共同正犯による特別背任とされている点で特異であり、かつ本件一連の過振りは、右恐喝事件の絡みで八重州食品の当座預金口座を開設した直後に連続して発生し始めたものであつて(判示第二の犯行に至る経緯の項の一参照)、東京相互銀行の八重州食品に対する与信という側面からすると、右恐喝事件と本件連続過振り(特別背任)とは一連のものと見る余地があり、また当時東京相互銀行はブラツクジヤーナルによる攻撃を受けるなど、いわば内憂外患の時期にあつて(判示第二の犯行に至る経緯の項の六参照)、被告人福田は、まさにかかる状況を背景に右恐喝事件を敢行し、かつ自己の自転車操業的資金繰りのため、東京相互銀行銀座支店に吸い着き、本件一連の過振りを利用できるだけ利用していたものと認められるのであつて、本件一連の過振りには、右のような特異な事情が背景として介在している事実を否定することはできない。

(三) このように、本件連続過振りには、右特異事情が介在していることを考えると、被告人中村が本件連続過振りを継続した点について、特別背任罪が成立するか否か慎重な検討を要することは言うまでもない。

2 被告人中村の八重州食品及び被告人福田の資金力についての認識

(一) 八重州食品及び被告人福田の資産状態

八重州食品は大丸百貨店、東京競馬場、中山競馬場に食堂を出店するなどしているものの、昭和四八年一〇月ないし昭和四九年九月期の純利益が六九一万円余に過ぎなかつたのに対し、前期からの繰越欠損金は四九〇六万円余、長期借入金は六八一三万円余に及んでおり、昭和四九年九月三〇日現在の現金残高、当座・普通預金残高合計僅か一八万円、社有固定資産も約二三〇万円の建物のみという劣悪な経営実態であり、代表取締役たる被告人福田からの借入金をもつてほとんど運営されており、その被告人福田にもさしたる個人資産もなく、常陽銀行東京支店や個人からの借入金をもつてやりくりしていたものであり、しかもその常陽銀行東京支店では、八重州食品の信用調査や同社が昭和四九年二月には不渡りによる取引停止処分を受けたことなどから、貸付に応ずべき相手でないと認識しながらも、八重州食品が他社の債務を引き受けるということで出した当初の貸付金等の回収のため八重州食品を倒産させないように貸増をして資金繰りを維持させながら徐々に返済させるという方針をとつてしまつたため、被告人福田に種々の言辞を弄されて小額の貸付に応じていたものであり、八重州食品が当座預金口座を開設している二つの銀行のうち、徳陽相互銀行新宿支店では大丸からの入金と八重州食品の仕入れの支払いを扱つているだけでありながら、この口座への不足資金補填のための入金も忙しく、港信用金庫三光町支店では毎日必死の資金繰りの末、支払い手形等をようやく決済する(昭和五〇年二月二〇日からは、それさえ不可能になり依頼返却の手続をとるようになつた。)が、その結果当座残高はほとんど残らず、銀行側から小切手用紙の枚数を制限されるという有様であり、これらの決済資金繰りのため被告人福田において村本弘ら街の金融屋から高利で借金をしたり、友人等から借金をしたりする結果、その元利金の返済に追われ、最後の依り拠である東京相互銀行銀座支店で過振りに応じてもらうことによつて何とか破綻を免れているという状態であつた。

(二) 被告人中村及び竹田の認識

被告人中村及び竹田は、昭和四九年一一月ころ、八重州食品取締役の重井博幸が銀座支店に持参した八重州食品の昭和四七年、四八年各九月期の決算書及び昭和四九年九月期の残高試算表(これらには多少粉飾もあるが、それが粉飾であるということも含めて)や三橋による信用調書等により八重州食品の前記経営状態・資産状態を十分知悉しており、昭和四九年四月に八重州食品から重井名義の当座預金口座開設を求められたが、調査の結果これを断わつていること、同年一〇月亀卦川の紹介で銀座支店が融資を求められた際も、被告人福田の人物・背後関係及び従前平田が八重州食品振出しの手形等をしばしば見合い手形として入金したがこれらがなかなか決済されずに困つていたことなどから、好ましくない取引先として対応に苦慮していたところ、小切手紛失事件に絡む恐喝によつて当座預金口座の開設と一五〇〇万円の融資を已むなくされたという経緯、その後過振りを継続してようやく不渡りを免れてきていること、しかも交換呈示されてくる手形・小切手の受取人等はその大半が個人名義であり、八重州食品の営業上の取引先とは考えられない相手であり、また見合いとして入金される手形・小切手もそのほとんどが八重州食品の自振り他店券であつて営業上入手した商業手形等はほとんど見受けられないことなどの事情からして、八重州食品の経営状態・資金力が劣悪で、その代表取締役である被告人福田らの資金調達力も低く、銀行や取引先以外の金融屋や個人から借金をせざるを得ない状態であつて、その経営はいわゆる火の車であることを認識していたことは明らかである。特に、昭和五〇年二月中旬の段階に至つては、それまで一月中旬、二月初旬と二度にわたつて過振りの解消の約束が果たされず、被告人中村らが一時的な過振りの減少を要求したのに対して被告人福田は金融業者らに差入れた手形・小切手のジヤンプを頼んだり、先日付小切手等を差入れるなどして借金をしたりすることによつて、一応減少させはするものの、完全に零にすることは一時的にもなく、減少はほんの一、二日で、直後には再び増加していくという経験からして、本件起訴にかかる連続過振りが発生した昭和五〇年二月一八日頃には、八重州食品及び被告人福田に過振りを解消するだけの資金力が全くないことを明確に認識したものというべきであり、その後二月二〇日被告人福田から見合い他店券について依頼返却の要請がなされているが、それはいわば必然的結果に過ぎず、被告人中村らは右諸事情からして当然その旨認識していたものというべきである。

弁護人は、被告人中村が被告人福田の個人的資金調達能力及びこれに基づく過振り解消能力を期待し、本件連続過振りを行なつていた旨主張し、被告人中村も公判廷でこれに副う供述をしているが、前記客観的諸事情及び被告人中村の銀行業務の知識・経験に照らして到底信用できず、被告人中村が一五〇〇万円の融資後八重州食品の経営実態及び本件過振りに基づく資金操作の実態を全く調査していないことを合わせ考えると、被告人中村は、被告人福田の過振り解消能力について、ことの実態から目をそらし、自己弁護の気持から極めて根拠に乏しい単なる希望的観測を抱いていたに過ぎないものと言わざるを得ない。

3 本件一連の過振りにおける被告人中村らの対応

弁護人は、被告人中村が連続した本件過振りを解消する最善の方法として、過振りを継続しながら、不渡りの威嚇の下にその解消を要求したり、担保を徴求していつたりしたのであり、その方針については本店審査部の伊藤部長の了承を得た上で実行していたものであつて、任務違背も、その認識もなく、本件一連の過振りは専ら本人たる銀行のために行なつていたものである旨主張している。しかし、被告人中村の本件任務違背及びその認識の有無の判断に当つて、前記被告人中村の八重州食品及び被告人福田の資金力についての認識のほか、次の各事項が参酌されるべきである。

(一) 本件一連の過振りについての本店への報告態様について

被告人中村が前記恐喝事件の絡みで発生した本件一連の過振りについて、本店審査部関係者に対し報告した内容、右関係者との応答の経過は、本件犯行に至る経緯(判示第二の犯行に至る経緯二、三参照)で認定したとおりである。確かに、本件一連の過振りについて、逐一過振り日報により本店審査部に報告されており、審査担当役員である松原茂、伊藤審査部長らは、被告人中村の折に触れる概括的説明により八重州食品に対し過振りが連続して行なわれていた事実を知悉したものと認められる。

しかしながら、被告人中村の右松原茂、伊藤審査部長に対する説明内容は、八重州食品の経営内容については、大丸との取引関係があることを強調し、また被告人福田が全部解消できると言つているなど被告人福田の弁解をそのまま取り次ぎ、過振りの解消は可能であることを印象づけようとする傾向が見られ、客観的な八重州食品の経営状態、被告人福田の資金繰りの状況・実態等を正確に調査し、報告した上で、右松原らと本件一連の過振り解消について相談した形跡は全く認められない。したがつて、右松原は、本件一連の過振りについて、被告人中村から正確なその実態報告がなかつたことのほか、当時の東京相互銀行の内憂外患の事態の対応に忙殺されていた事情も手伝つて、右過振りの実態を把握しておらず、また伊藤審査部長は、被告人中村が三井銀行出身で取締役の地位にある大物支店長であつて、被告人中村に過振り解消を任せる姿勢で強力に指示命令することもなつた事情もあり、更に被告人中村自身右過振りの実態ができるだけ本店側に知れることを避け銀座支店限りで何とか解決しようとしていた事情も重つて、本店側で右過振りの実態を知る機会がないまま推移し、結局昭和五〇年三月末本件連続過振りが破綻を来し、右松原がその実態を知るに及んで、被告人中村らの右過振りの対応に激怒し、被告人中村らを叱責したものと認められる。

(二) 特別検査に基づく検査不備事項記録書の表現方法の依頼と過振りの減少工作について

東京相互銀行銀座支店が昭和五〇年一月本店検査部の特別検査を受けた際、同支店長である被告人中村が本件一連の過振りについて、検査不備事項記録書に記載する場合の表現方法に関し、赤津検査員に対しその表現方法を緩和してほしい旨依頼した経過及び被告人中村が再度の検査を予測し被告人福田に対し過振り額を一時的に減少させることを依頼して工作した経過は、本件犯行に至る経緯(判示第二犯行に至る経緯四、五参照)で認定したとおりである。

弁護人らは、既に本店審査部には過振日報によつて連続過振りは逐一報告されている上、被告人中村自身が審査部関係者、審査担当役員松原、さらには事務部の石田部長らに連続過振りのことを報告していたのであるから、今さら本部の目をごまかすことを考えたというのは不自然であり、検査不備事項記録書の表現について「お手やわらかに願います」と頼んだのはいわゆる社交辞令を超えるものではなく、「再検査があると思うから」などと言つて過振り額の減少を要請したのは過振り解消を求めるための口実に過ぎない旨主張するが、被告人中村による審査部等への報告が前記の如く都合のいいように着色した内容であり、過振りの実態を本店に隠す方向の報告態様であつたことを合せ考えると、被告人中村は、連続過振りを平田に対する看做し扱いと同程度に強く表現され、二つの問題を同時に強調した形での検査結果記録が常務会に報告され、社長その他の役員、各部長等に回覧されるという過程で、かかる被告人中村の取扱いが問題視され、自己の力量を問われ、面目を失墜することになることを恐れて表現緩和を要望したものと推認でき、また、一、二日でも過振り額を減少させておけば、それを、被告人中村自身過振り解消の努力をしており、また八重州食品及び被告人福田に過振り解消能力がある旨弁解する資料となしうるのであり、真実過振り解消を求めるための口実であるとすれば、一時的でよい旨付言しているのは不可解といわざるを得ない、右表現及び減少工作は前記認定の、被告人中村が過振りの実態を本店側へ報告することを避けていた姿勢と符合するものと言わざるを得ない。

(三) 担保徴求について

被告人中村が被告人福田から本件連続過振りに関連して担保徴求の交渉をした経過は、本件犯行に至る経緯(判示第二の犯行に至る経緯七参照)で認定したとおりである。

弁護人は、被告人中村が本件連続過振りを手形貸付に切替える最善の時期的判断をして被告人福田と担保徴求の交渉に入つたものである趣旨の主張をしているが、被告人中村が、昭和五〇年二月四、五日ころ、松原専務から平田の看做しの手形貸付切替えを強く指示された際、同専務に対し、「八重州食品についても担保なりを入れるよう催促します」と述べておきながら、直ちには担保徴求を始めることをせずにいて、二月中旬になり、解消の希望がほとんどなくなつてようやく、なお過振りを続けながらも一方で被告人福田に担保の提供を求めるようになつたのは、前記認定の(一)、(二)の事実を合わせ考えると、それまで無担保で過振りを続けてきたことが問題となることを慮つて、担保を取るように努力したという見せかけを作るため担保を徴求するようになつたものと認めるのが相当であり、これに副う被告人中村の検察官に対する供述調書の内容は、措信するに足りるものというべきである。

(四) 以上認定のとおり、本件一連の過振りの過程において、被告人中村が示した一連の対応行動、即ち、右過振りについての本店側への報告態様、特別検査に伴う検査不備事項記録の表現緩和工作、過振り減少工作、担保徴求経過等に被告人中村の八重州食品及び被告人福田の資金力についての認識内容を合わせ考えると、被告人中村は、三井銀行から東京相互銀行に迎えられ、重要店舗である銀座支店の支店長となり、さらに取締役銀座支店長となつたばかりであるという状況の下で、本件一連の過振りの実態が顕在化し、本店側に知れるところとなつて、自己の手腕を問われ、自己の面目・名誉が失墜することへの恐れ、及び本店側に右過振りの実態を把握されないまま、銀座支店内部で解決しようという思いの強さから、右過振りの実態が本店側に把握されるのを避けるため、種々の工作をしたり、その実態と異なる報告をしたりした上、優柔不断の性格もあつて、本件一連の過振りについて適切な対応策を立てず、したがつて本店側にその実態をすべて報告して適切な指示を受けることもなく、右過振りの解消の具体的見通しもないまま、ずるずると過振りを継続していたものと認めるのが相当である。

4 被告人中村の本件具体的任務違反とその認識並びに図利目的について

(一) 本件具体的任務違背とその認識

判示認定の本件犯行に至る経緯、前記認定の八重州食品及び被告人福田の資金状況とこの点に関する被告人中村の認識内容を総合すれば、被告人福田が小切手紛失問題を種に被告人中村を脅迫した結果、八重州食品に対する一五〇〇万円の融資が実行される過程の中で、本店側が不承不承右融資に関し、融資禀議決裁の形で、これを承認したものの、右決裁条件として「先順位担保権の抹消とその担保物件の充分な管理、与信限度とすることの厳守」を銀座支店に求め、被告人福田に対し与信限度枠を厳しく設定した事情があり、被告人中村もこの点を十分知悉していたのであるから、被告人中村は、本件一連の過振りが右一五〇〇万円の融資に絡み、被告人福田の手に乗ぜられて発生した事情を考慮に入れても、八重州食品及び被告人福田の資金状況について危機的状態であることを充分認識していたものと認められる以上、特に一般企業と質的に異なり預金者等に対しその預託財産の適正な管理・運用について重大な社会的責務を負つている銀行の支店長として、貸付及び預金業務の全般を統括処理し、東京相互銀行のため銀行財産の保全に留意し、忠実にその職務を遂行すべき任務を有しているのであるから、本件連続過振りの発生経過がどのような理由であるにせよ、企業ゴロたる被告人福田に対し甘い対応は許されず、損害拡大を防ぐため断固たる処置をとるべきであり、本件事案に即して言えば、直ちに本件連続過振りの承認を打切る措置を図るべき任務があつたと言うべきである。

確かに、本件一連の過振りが一五〇〇万円の融資との絡みで発生した事情や、当時東京相互銀行が置かれていた内憂外患の状況から、被告人中村が本件連続過振り打切りに伴う被告人福田の報復行動等を恐れていた事実があるとしても、それは、客観的に見れば、企業ゴロに対する甘い体質に根ざす必要以上の危惧であると言うべきであり、この点はしばらく措くとしても、被告人中村は、一五〇〇万円の融資実行の条件として、前記のとおり、本店側から厳しい与信枠を設定されていたのであるから、被告人福田の報復行動等を恐れていたことを前提としても、被告人中村の支店長としての前記任務に照らし、本件連続過振りの対応策について、銀行全体の問題として、本店側が適切に対応できるよう右過振りの実態、八重州食品及び被告人福田の資金状況を詳細かつ厳密に本店側に知らせ、右過振りの打切りを具申するとともに、予測される被告人福田の報復行動等の事後措置をも協議し、右過振りの打切り策を講ずべき任務があつたというべきである。

しかるに、被告人中村は、支店長の前記責務からすれば、本件当時の客観的状況の下で、当然に、銀行財産に危険を及ぼすこと大である不適正な与信行為とも言うべき本件過振りを継続することによる、銀行の社会的名誉の毀損、信用の失墜をこそ恐れ、これを避けるべきであるのに、当時専ら自己の面目、信用が失墜することを恐れる余り、具体的な過振り解消の見通しがないまま、銀座支店限りで本件一連の過振りを解決しようとして、右過振りの全体像を本店側に報告することを意図的に避けたり、その全体像を本店側に把握されないよう種々工作したりして、場当り的に右過振りを継続していたものと認められる。そうすると、被告人中村は、銀行の支店長としての前認任務に違背し、かつこれを認識していたものと認めるに十分である。

弁護人は、被告人中村が本件一連の過振りについて、その時点時点で最善の対応を示し、担保徴求もその一つである趣旨の主張をしているが、前記認定のとおり、被告人中村の右過振りについての対応は、専ら自己保身と優柔不断の性格に基づく場当り的な対応を示しているに過ぎず、一貫した方針の下に適切な対応を示していたものとは到底認められない。したがつて、担保徴求の点については、土地・建物の値上り、本件発生後の長期に亘る時間的経過等予測外の結果に基づき、被害が回復する事態になつたものに過ぎず、ある意味では怪我の巧妙とも言うべきであつて、この点からすると、弁護人の主張は、専ら結果論から逆推する全くの事後的判断を前提として、被告人中村の右対応の当否を論ずるに帰着し、到底採用の限りでない。要するに、担保徴求の点は、本件情状の一事情となり得ても、被告人中村の本件犯行当時の罪責の有無を左右する事情とはならないと言うべきである。

(二) 図利目的

既に認定したとおり、一五〇〇万円の融資に関し、被告人中村は被害者の立場、被告人福田は加害者の立場にあり、本件一連の過振りが右融資との絡みで発生したものであり、銀行の被告人福田に対する与信行為という側面から見れば、右二つの事象は一連のものとする余地があることを否定できず、これらの事情を考えると、被告人中村が八重州食品及び被告人福田の利益を積極的に図ることは、特段の事情がない限り考えられないところであり、本件においても右事情は認められない。しかし、既に認定したとおり、被告人中村は、本件一連の過振りを積極的に継続していたものではないとしても、専ら自己の面目、信用の失墜を恐れる余り、これを継続していたものであり、当時の客観的事情の下で、これを継続することにより、結果として東京相互銀行に損害を与え、かつ八重州食品及び被告人福田の利益になることを十分知悉しながら、あえてこれを継続していた以上、八重州食品ないし被告人福田の利益を図る結果となることを認容していたものと認めるべきであり、従つて、特別背任罪所定の図利目的はあつたものと言うべきである。

5 結  論

以上の次第であつて、被告人中村は、預金者等に対しその預託財産の適正な管理・運用という社会的に重要な責任を負つている銀行の支店長として、東京相互銀行のためその銀行財産の保全をはかり、忠実にその職務を遂行すべき責務があるから、本件事態の推移の下で、企業ゴロに対し、甘い対応は許されず、断固とした姿勢で臨むべきことを期待かつ要求されているものと言うべきであるところ、専ら自己保身がその理由とは言え、結果として八重州食品ないし被告人福田の利益になることを認識しながら、あえて本件連続過振りを行なつた以上、特別背任罪の責任は免れないものと言うべきである。

第二  被告人福田関係

一  弁護人の主張の要旨

被告人福田の弁護人は、被告人福田には図利・加害の目的・認識はなく、被告人中村とはいわば敵対関係にあつたものであつて、同人が被告人福田の利益のために任務に反して動いており、その結果東京相互銀行に損害を与えているという認識もなかつたのであり、被告人中村との共同加功の意思を欠くというものである。

二  当裁判所の判断

1 まず、八重州食品の資産状態・経営状態は、前記認定(第一の二の2の(一)参照)のとおりであつて、被告人福田は、自転車操業的な資金繰り状況の下で、小切手紛失問題を種に東京相互銀行銀座支店から無理矢理一五〇〇万円を融資させ、当座預金口座を開設させ、渡りに船といつた状態でうまく同支店に吸い着き、これを利用しながら、不渡りを出すなどして決定的な苦境に陥ることを避けるため、自ら金策に奔走していたのであつて、それにも拘らず、見合い他店券の決済も困難な状態にあつた(現に依頼返却を要請せざるを得ない事態にもなつている。)ことは、被告人福田が一番良く知つていたのであるから、被告人中村らにおいて見合い他店券以外に担保もなく過振りに応じていることが、被告人福田及び八重州食品にとつて利益となる一方、銀行に過振り支払い額が回収不能となる危険を生じさせていることは十分認識していたものと認められ、また、被告人福田との対応の中でこのような過振りを承認していた被告人中村らにおいても同様の認識を有していたことも知悉していたものと認められる。

2 次に本件連続過振りが被告人中村らにとつて任務違背であることを被告人福田において認識していたか否かについてみるに、被告人福田は、当公判廷において、「被告人中村はやつてはいけないことを自分のためにやつてくれているんだなどとは分かるわけがない」、「こういう与信の方法もあるのかなと考えていた」などと供述しているが、そもそも、前記の如く、見合いとして差入れる他店券の決済も覚つかない状態であるにも拘らず、実質的に無担保での一時立替払いというべき過振りを行なうことが、銀行にとつて本来許されざる行為であることは、その危険性からして明らかであり、しかも、被告人中村らにおいてこれを容易に承諾した訳ではなく、被告人福田において強く要求した結果ようやく応じてくれたもので、その後も機会あるごとに同人らからその解消を求められていたこと、また、被告人中村らから、本店の検査の関係で連続過振り等を指摘されたことを話され、そのため一時的でも良いから過振り額を減少させて欲しい旨依頼を受けたことなどの本件過振りの経過、被告人中村らとの対応、さらに極めて長期間に亙つて継続されているその態様などからして、被告人福田においても、本件過振りが、被告人中村らの任務に反して続けられていることを認識していたことは明らかというべきである。

3 以上の次第であつて、被告人福田は、本件連続過振りが被告人福田や八重州食品の利益となる反面、東京相互銀行に損害を加える結果となること、及び、被告人中村らはそれを認識しながらその任務に反して本件連続過振りを打ち切れずにいることを十分認識していたものであり、それにも拘らず、八重州食品振出、支払場所東京相互銀行銀座支店の小切手等を連発し、被告人中村らをして次々と過振り決済に応じさせ、自ら利得していた以上、被告人中村らの特別背任行為に共同加功していたものと認めるに十分である。

(損害額の認定について)

一  公訴事実においては、ある一日における過振りによる損害額は、当日払戻記帳をした総額、すなわち当日支払呈示された手形・小切手の券面額の総合計をもつて実質的無担保貸付額にあたるとされているところ、当裁判所は、当日入金された現金及び銀行等支払能力の確実な金融機関の振出にかかる自己宛小切手(いわゆる預手)がある場合、例えば依頼返却によつて実質的に穴のあいた当座預金残高を補填する趣旨で入金されたなど他の目的のために入金されたことが明らかな場合を除いて、これらの額を支払呈示総額から差引いた額をもつて実質的無担保貸付金額にあたるものと認定したので、以下この点について付言する。

二  確かに、東京相互銀行の当座勘定約定書第一一条<3>(過振りをした後に当座勘定に受入れまたは振込まれた資金は、その不足金に充当する旨)、同条<5>(過振りをした場合には、その日までに本人から当座勘定に受入れまたは振込まれている証券類は、その不足金の担保として譲り受けたものとする旨)、同約定書第九条<2>(手形、小切手の金額の一部支払いはしない旨)などの規定の存在、及び、検察官の指摘するように、本件では過振りが連続してきている結果、起訴されている初日の昭和五〇年二月一八日においても未決済過振り残高が四六三八万九〇四三円あり、その後もずつと実質預金残高はマイナスで、多少の現金入金等がなされてもプラスにはならず、現に公訴事実記載の期間内において一日として実質預金残高がプラスとなつたことはないという特殊な状態にあつたことをあわせ考えると、各取引日における現金入金は、過振りによる実質預金残高の不足分に充当され、事後弁済として処理されたものと見るべきであり、当日における過振り額を減額する理由はないという主張も一応もつともな理由があることを否定し難い(なお、検察官は、銀座支店の八重州食品に関する当座勘定元帳の記載上当日の入金が当日の過振り残高を含めた合計過振り金額に対する一部入金として処理され、当日の特定の支払呈示小切手類のみの決済資金として充当されていないことを論拠として掲げているが、当座勘定元帳上は借方、貸方、及びその差額としての残高さえ表示されれば足りるのであつて、その記載上入金充当状況が表われていないのはむしろ当然であり、過振り不足分、当日決済資金のいずれに充当されても計数上の預金残高に差異は生じない以上、そのことによつて、当日の支払呈示小切手類の決済に充当されていないとはいえないものと考えられる。)。

三  しかし、前記当座勘定約定書の各規定は(真に原則的な取扱いを定めたものか、銀行がこうした措置を採りうることを確保するためのものかという問題もあるが、いずれにしても)、当事者間の合意によつて排除されるものと解されるところ、証人竹田義夫の当公判廷における供述によると、現金入金を従前の過振り不足分と当日支払分のいずれに入金充当するのかを明確に意識して処理したことはなく、被告人福田からどの呈示手形・小切手に充当して欲しいなどとの申し入れもなかつたが、他方、昭和五〇年二月二〇日被告人福田から依頼返却の申し入れがあつた際、それを認める交換条件の一つとして、被告人中村や竹田は、被告人福田に対し、已むを得ず支払手形等を振出した場合には、その日のうちに決済資金を現金で入金するように要求したことも認められる。充当すべき手形・小切手の指定がされなかつたとしても、どの手形・小切手に充当するかは銀行に任せるが(前記当座勘定約定書第一〇条によると「同日に数通の手形・小切手等の支払をする場合にその総額が当座勘定の支払資金をこえるときは、そのいずれを支払うかは当行の任意とします」と規定されていることも参照。)、当日現金入金分を当日決済分に充当する旨の合意は可能であり、そのような充当合意の存在までは否定できない。他方、被告人福田からの依頼返却の要求に応じた際の前記要望をもつて現金入金は当日の決済資金に充当する旨の特約がなされたとまで解することはできないものの、両当事者間の現金入金に対する受け止め方を推測することは可能である。加えて、証人竹田は、当公判廷において、被告人福田に対して現金入金を要求する際、「今日またこれだけ回わつてきてしまつたから、できるだけ、できたらそれ以上持つて来て下さい」などと言つて要求した旨供述しており、被告人福田も、当公判廷において、入金する現金は当日回わつてきた支払呈示手形・小切手の決済資金となるものと考えていた旨供述しているところである。

また、証人竹田は、当公判廷において、銀行として、前日過振りがあつたとしても、当日支払呈示金額に見合う現金が入つてきた場合、当日支払呈示分を不渡りにすることはできない旨供述しており、一般的に考えても、前日ないし前々日については一応見合い他店券が入つて形式上入金処理済みであつて、それらの見合い他店券が交換決済されれば先の過振り分は解消されることになるのであるから、銀行の対応としては、当日現金入金があつた場合、当日支払呈示分をできるだけ不渡りにしないように処理するのであろうし、仮に、本件のように、現金入金額が及ばず、いずれにしても当日分の一部は過振る形になる場合(この場合、先の過振り不足分に充当しても当日決済資金に充当しても実質的預金残高は同じ結果となる。)であつても、当日新たに過振る額を少なくするように努めるのが自然であると考えられる。

したがつて、入金された現金は原則として当日支払呈示分の決済資金に充当されていたものと考えることにも十分な合理性が認められる。

四  そこで、現金入金があつた取引日について、現実に入金されている見合い手形・小切手(依頼返却・再入金分を除く。)額を見てみると、<1>現金入金があるにも拘らず、支払呈示額に等しいが、支払呈示額から前日の形式上の当座預金残高を差引いた額に等しい見合い他店券が入つている場合や<2>これらをはるかに越える見合い他店券が入つている場合もある半面、<3>支払呈示額から現金入金額を差引いた額の見合い他店券が入つている場合(三月二五日、四月二日など)や<4>支払呈示額から前日の形式上の当座預金残高と当日の現金入金額の合計を差引いた額にほぼ相当する見合い他店券が入つている場合(二月二一日、同月二八日など)もあり、少なくとも<3>、<4>の場合には、当日入金された現金は当日の支払資金に充当されたものと認められるところ、<1>のなかにも、三月一三日のように、現金入金分は当日依頼返却によつて生じた欠損分に充当されたため、支払呈示額に相当する見合い他店券が入れられたものと考えられる場合もあるのであつて、このように特に他の目的に現金が充当されたものと認められる場合を除き、現金が当日の決済資金ではなく先の過振り不足分等に充当されたものと認めるべき決定的な根拠がない以上、前記三の事情も考えあわせた上、<3>、<4>の場合以外の日においても、現金は原則として当日の決済資金に充当されたものと認めるのが相当と思料する(前日の当座預金残高、当日の現金、見合い他店券を合計して、支払呈示額と依頼返却がなされ同日同手形等が再入金されない場合の欠損分を補填・決済している取引日も多くあるが、このような場合についても、明らかに依頼返却による欠損分に充当されたと認められる事情がない限り、現金は支払呈示分の決済資金に充当されたものと認めるのが相当である。)。

五  いわゆる預手については、支払機関が金融機関であつて決済が一応確実なため、現金と同視されることが多く、預手入金をもつて現金入金と同一に処理しても回収不能となり損害を及ぼすおそれはまずないものと考えられる。そして、前記の如く、現金については原則として当日の支払資金に充当されたものと認められる以上、預手についても、同様に支払呈示分の決済資金に充当されたものと認めるべきであり、したがつて、預手による入金額も実質的無担保貸付額からは控除されるべきものと考えられる。

六  よつて、実質的な無担保貸付金額と評価できるのは、支払呈示総額から当日の現金入金分及び預手入金分を差引いた額を原則とするものと考えられ、そのような金額について回収不能となる危険を生じさせたことが財産上の損害にあたるものと認められる。その結果、本件公訴事実別紙一覧表番号7、18、25、39記載の各取引日については損害が認められず、犯罪の証明がないことになるが、当裁判所は判示第二の一連の行為は包括一罪の関係にあるものと判断するので、右部分について、主文において特に無罪の言渡をしない。

(確定裁判)

被告人福田は、昭和五六年八月七日東京地方裁判所で道路交通法違反罪により懲役五月(四年間執行猶予)に処せられ、右裁判は同月二二日確定したものであつて、この事実は検察事務官作成の昭和五八年一〇月二〇日付前科調書によつて認める。

(法令の適用)

一  被告人福田の判示第一の所為は刑法六〇条、二四九条二項に該当し、判示第二の所為は包括して同法六五条一項、六〇条、昭和五六年法律七四号(商法等の一部を改正する法律)附則二七条により同法による改正前の商法四八六条一項に該当するが、被告人福田には同法四八六条一項所定の身分がないので刑法六五条二項により同法二四七条の刑を科すこととし、判示第二の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上の各罪と前記確定裁判のあつた道路交通法違反罪とは同法四五条後段により併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示各罪について更に処断することとし、なお、右の各罪もまた同法四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人福田を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち八〇日を右の刑に算入し、訴訟費用のうち、差戻前控訴審における訴訟費用の二分の一は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人福田に負担させることとする。

二  被告人中村の判示第二の所為は包括して刑法六〇条、昭和五六年法律七四号(商法等の一部を改正する法律)附則二七条により同法による改正前の商法四八六条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人中村を懲役一年六月に処し、情状により刑法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予することとし、訴訟費用のうち、差戻前第一審における訴訟費用全部及び差戻前控訴審における訴訟費用の二分の一については刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人中村に負担させることとする。

(量刑の理由)

一  被告人福田について

本件は、被告人福田が、自己の経営能力の欠如等から一向に八重州食品の経営状態の改善を見ず、個人的借金も増大し、その元利返済のためさらに借金をするといつた窮状の中で、何とか資金繰りを図ろうと、東京相互銀行の幹事総会屋である亀卦川の紹介で、同行銀座支店に当座預金口座を開いて融資を受けようとし、一旦は同支店支店長中村から拒絶されたものの、極めてタイミング良く、知人で暴力団関係者・総会屋である平田が同銀行に見合い他店券として持込んだ八重州食品振出の小切手を銀座支店で紛失するという事故が起こつたため、これを奇貨とし、右平田、亀卦川の協力を取りつけた上、たまたま当時、被告人福田の実兄の主宰する暴露雑誌「躍進ニツポン」誌上に東京相互銀行内の不正を暴露・攻撃する記事が載り、同行内でも問題化している状況にあつたこと、及び同行の株主総会が間近に迫つていたことなどの背景や、三名それぞれの地位・威勢を巧みに利用し、信用失墜を恐れる銀行の弱みにつけ込んで、中村支店長に対し、一五〇〇万円の融資を強要し、これを余儀なくさせた(判示第一)上、右融資のために同支店に八重州食品名義の当座預金口座を開設させ、渡りに船という形で同支店に吸い着き、徹底的にこれを利用し、被告人中村をして、その後長期にわたり、判示第二の事実に連なる連続過振りに応じさせたものであつて、自己の放漫経営に起因する自転車操業状態の中で、資金繰りの道を求め、特に自己に実害もなかつた小切手紛失事件を利用して犯行に及んだものでその動機に酌むべき点は全くなく、その態様も巧妙・狡猾・悪質であり、東京相互銀行に多大な財産的損害と社会的信用の失墜を生ぜしめた結果も重大である。また、判示第一、第二いずれの犯行についても、犯行による利益は専ら被告人福田に帰属しており、判示第二の特別背任の事実については、被告人中村の協力なくしては犯罪は成立しなかつたとはいえ、かかる長期にわたつて犯行が連続した理由は、専ら、被告人福田が連日多額の手形・小切手を振出し、その結果連日支払呈示されてくるそれらの手形・小切手につき、次々と過振りを要求したことによるものであり、判示第一の犯行と同様に、犯行の主導的地位にあつたものといわざるを得ない。

かかる諸事情に鑑みるならば、判示第一の犯行による貸付金一五〇〇万円については元本として一一六〇万円、利息として三一九万円余りを分割返済しており、利息分を除けば、被害のほとんどが回復されており、判示第二の犯行の結果、最終的に手形貸付に切替える形で残つた被害分についても、差入れた担保の実行等によつて大部分が回収されていること、起訴後六年余りを経過した結果、本判決言渡時点で被告人福田には前科が七犯あるものの、同種財産犯前科はないことなど被告人福田に有利な事情をすべて斟酌してもなお主文掲記の刑は已むを得ないものと思料した次第である。

二  被告人中村について

本件連続過振りは、三か月近く連日のように敢行されたものであり、その損害額は合計約二億一五〇〇万円にも及ぶ莫大なものであり、その特異な契機を考慮に入れてもなお、銀行の資産保全の使命からして、本来相手方の確実な信用を背景に極めて例外的な場合にのみ認められるに過ぎない他店券過振りを、経済的にはいわば火の車ともいうべき、破綻に瀕した八重州食品や被告人福田に対して安易に継続したその態様は極めて異常といわざるを得ない。およそ銀行は預金者らの預託財産を中心とする銀行資産を保全し、健全に運用すべき重要な社会的責任を有しており、その中で、銀行支店長は、銀行資産の保全と経済秩序の適正な運用に勤めるという重責を担うべき立場にあるにも拘らず、かかる大規模な背任行為により、銀行ひいては株主や預金者をはじめとする銀行債権者に財産的危険を生じさせたことによる責任は大きく、かかる犯行自体及びその過程で、被告人福田の要請に応じて、不渡りによる取引停止処分を免れるために、見合いとして入金された他店券につき依頼返却・再入金という手続きを繰り返したことや、判示第一の恐喝に対する事なかれ主義的な安易な対処の仕方をも含めた一連の対応は、信用取引秩序を害するものであり、銀行に対する信用や社会的評価を著しく損うものであつたと考えられる。

しかし、他方、本件は銀座支店における小切手紛失問題に端を発した判示第一の被告人福田らの恐喝事件に絡んで、被告人中村において、いわば已むをむを得ず認めた過振りが拡大していつたものであり、そもそも、一五〇〇万円の融資について、本店側が不承不承とは言え、禀議決裁という形でその融資を承認したことに、本件一連の過振りが発生しかつ拡大した根本的原因があるというべきであり、当時の東京相互銀行首脳部が被告人中村の右融資の具申を断固拒否し、企業ゴロたる被告人福田に対し、銀行の社会的責任、使命に応じた厳しい姿勢を保持すれば、本件の発生を未然に防げたとも言えるのであつて、右銀行首脳部の企業ゴロに対する甘い体質が結果として本件連続過振りの発生と拡大を招いたとも評価でき、この意味で右銀行首脳部にも一端の責任があり、被告人中村一人に刑事責任を含む全責任を帰することはできない。また本件の態様を見ると、被告人中村としては積極的に八重州食品や被告人福田の利益を図る意思はなく、また、結果的に銀行に損害を加えることになることについて認識・認容はあつたものといわざるを得ないが、右損害を加えることを意図したものでもないことも明らかであり、逡巡の中で、優柔不断な性格から強行策を取り得ず、かつ、自己の面目への配慮もあつて、本店へ積極的な打開策の相談をすることもできないまま過振りを継続してしまつたのであつて、その犯行態様は特に悪質とは言えない。しかも、当時の東京相互銀行を取り巻く内憂外患の情勢が被告人中村の対応を誤らせる一因となると同時に、右状況との関係もあつて右銀行首脳部がその対策に忙殺され、銀行全体の組織としての対応が不十分であつたと言わざるを得ず、過振りの承認は支店長の専権であり、本店側にその全体像を把握させない状況を作つた被告人中村に刑事責任があるとしても、結果的に被告人中村を孤軍奮闘する事態に追い込んだことは、銀行組織として正常に機能していなかつたことに帰し、被告人中村だけにその全責任を負わせるのは酷な面もあり、時期的に多少不運な要素もあつたという意味で被告人中村に同情すべき一面があることも否定できない。また、せめてもの弁解のためにとは言え、被告人福田から徴求・取得した担保権のその後の実行によつて結果的にせよ、八四七一万〇九三三円の回収がなされ、最終的に手形貸付に切り替える形で残つた実質的被害の大部分が回復されていることは、本件罪質に照らし、量刑上考慮に値する。その他被告人中村には前科・前歴は全くなく、本件の発端となつた小切手紛失問題に絡み、部下をかばおうとした点に人間的な側面も窺われること、大学卒業後一貫して銀行マンとして健全な生活を続けてきていること、本件後、一時関連会社に出向していたが、昭和五八年からは再び東京相互銀行の専務取締役に就任し、同銀行のために尽しているものと認められることなど被告人中村に有利な事情も認められるので、以上の諸事情を総合考慮し、被告人中村の犯情には憫諒すべき事由があると認め、特に求刑を減軽した上、被告人中村を主文掲記のとおりに処するのが相当と思料した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

別紙一覧表

<省略>

<省略>

<省略>

合計 二億一五六四万八〇五四円

(注) <1>B欄について、( )内は当日依頼返却分の補填に充当されたものと認められるもの

<2>D欄について、金額の頭に付された△はマイナスを表わし、支払呈示金額が現金及び預手入金合計額の範囲内にあり、当該取引日については実質的無担保貸付にあたると認められる金額がないことを意味する。

<3>番号7、10、35の各取引日については、呈示小切手・手形の支払いの外、振替出金もなされているが本件公訴事実が小切手・手形の支払いという形での出金のみを挙示していることからして、右振替出金分は起訴の範囲外であると考え、損害額の認定に際し考慮しないこととした。

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